鎌倉鉢の木 今物語り
 会長


 「鉢の木」には、20年間同じ人が作り、ずっと守り続けた味があります。おみやげの「梅かつお」です。作り手は「鉢の木」創業者で会長の千葉ウメさん。米寿を迎えた今でも厨房に入り、料理指導もします。

 ウメさんは戦後ほどなく、建長寺の隣、今の本店のある場所に引っ越してきました。家族と住む普通の住宅でしたが、そのたたずまいから飲食店と間違たのでしょう、さまざまな人が自宅に入ってきてしまいました。彼女はそんな迷い人に、おにぎりを手早く作ってお出ししたそうです。

 そしてこのおもてなしが縁で、人から勧められて本当に小さなおにぎり屋をはじめることになりました。店の名前も、おもてなしの心得を説いた謡曲「鉢の木」に因んでいます。やがてお店は人づてに知られるようになり、建長寺や鎌倉観光でにぎわうようになりました。

 ある時おにぎりの付け合せに精進揚げを出したところ、次第に評判になり、お客さまに勧められて、精進料理を作ることになりました。以来40年近く、ウメさんは毎日お店の厨房に立ち、心を込めて料理を作り続けました。今、厨房の主役は調理師さんたちですが、おいしくて自信のあるものだけを、ていねいに作ってお客様にお出したいという彼女の気持ちは、お店の姿勢としていつまでも変わりなく引き継がれています。

「梅かつお」は今でも彼女が自ら作る一品。手早く大人数分できるので、もとは自宅で知人や友人が訪ねて来た時に、海苔巻きの具として使っていたもの。「鉢の木」でお食事をされたお客様の「おみやげに何か欲しい・・・」と言う声に応えて、新館ができて以来ご用意しています。その後何種類も生まれたおみやげの中でも、「梅かつお」は一番長寿な人気商品になりました。簡単だからこそ、素材にはこだわりがあります。鰹節はいつも同じお店の特注の品、自家製の梅干しは、彼女が先頭に立って付けています。「作る人の気持ちが伝わるものだから、ていねいに」は、お料理にのぞむ時の口癖です。

  小柄で穏やかにお話しするウメさん。けれど一度厨房に立つと、凛とした空気が周りに伝わります。「味の感覚は神様が与えてくれたもの。そして自分でさらに学んでいくものです」。今も「鉢の木」を支え、見守り続ける創業者・千葉ウメ。「梅かつお」は、そんな彼女の暖かくて懐かしい味がします。  (取材記事より 05年9月)

 厨房スタッフ


 鉢の木ではお一人さまから大勢さままで、仕出し・出張を含めて一日数百食のお料理をお客さまに合わせて作らせていただいています。支える厨房スタッフは調理長をはじめとして30名ほど。調理、洗い、配膳を担当します。調理スタッフが集合すると「鉢の木軍団」という様相で迫力があります。献立を決め、厨房を管理する調理長を筆頭に、味を決める「煮方」、お造り、刺身を調理する「向板(むこういた)」、野菜などの焼き物担当の「焼方」、揚げ物担当の「揚げ方」、だしを引き、野菜を切り、盛り付けする
パーティー料理
「八寸場(はっすんば)」、調理の補助や下ごしらえ、洗い物担当の「追い回し(おいまわし)」。全体の流れをつかみながら、各自が厨房での決められた役割を担います。短い掛け声、スタッフの下駄の音、リズミカルな包丁の音。どんな時でも「暖かい料理は暖かく、冷たい料理は冷たいままおだしする」の基本を守る彼らの厨房は活気があふれ、誇りに満ちています。


小野寺さんは調理の道に入って8年目、鉢の木に来て3年で現在「八寸場」です。一個の野菜からこの切り方で何人分取れるか、早く正確に等分するには…、言わば下ごしらえ担当のこの役目で、毎日素材と対します。「漠然とこの道に入ったけど、全体の流れを大切にしながら役割がはっきりしている鉢の木では、すべてが今までと違いました。感性を研ぎ澄まして、考えて調理をすることを学んでいます。」淡々と語る小野寺さん、ピアノも独学で弾くセンスの持ち主、このお店で自らの結婚式も仲間と手づくりで挙げました。「とにかく何でも覚えたいんです。そうすれば新しい素材にあたっても何か感じるから。」もの静かでも、語る言葉は熱く前向きな「鉢の木軍団」の一員です。  (取材記事より04年5月)

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